展望

教科体育の「基本」づくり

学習指導要領との関係は、学習指導要領の変遷、研究の成果の諸頃に譲り、ここでは私が最近考えていることを述べ、ご批判を仰ぎたいと思います。

まず、「学校体育はどんな日本人を育てるのか」ということです。司馬遼太郎氏の「国のかたち」、つまり国家観が定まらなければ、決定することができない、ということです。国のかたちといえばコンスティチューションですから、憲法に関わる国の成り立ちの問題だからです。

次に、現在、子どものキレ現象が起きていますが、これは文化の根源である父性・母性の喪失に起因するし、そして、それは戦後、親や学校は子どもに人間として、こういう歩みをしなければならないということを教えなかったことに原因があるのではないかと思います。
また、我々が子どもの時代には、学校は家庭と地域社会が支えていたのです。そういう家庭の指導があったし、地域社会もそう考えていました。学校はコミュニティのセンターであり、教育的・文化的なセンターでもあった。まさに、そういう支えがなくなったがゆえに、学校のシステムというものが壊れていったのではないでしょうか。

また、以前は、社会の問題は学校には入らなかった。それが今は、社会のよいことも悪いことも全部ストレートに学校に入ってきます。それが問題事件になれば、先生や学校はマスコミに叩かれ、学校のシステムがますます壊れていくという状況が今の学校ではないかと思います。もちろんこういう状況になるには、それ以外にいろいろな条件が複合していると思いますが、とりわけ子どもの規範や秩序・道徳の欠如といったものは、父性に関わるもの、子どもの情緒の不安定や心の教育といわれているものは母性の欠如にあると思います。

このほか、高度経済成長によって共同体が喪失したということです。戦前にあった世間体や恥というものがなくなった。今は街を歩いていてたばこや空き缶、紙くずも投げ捨てです。こういう状況は、世間というものがなくなったことによるもので、天気のよい日など、電車での帰りに駅でよくみかけるのですが、スカートの短い女子中学生が駅のプラットホームのコンクリートの上に円坐してぺチャクチャ話をしている。また、中・高校や大学の体育の授業中でも先生がみていないと、女子生徒が陰の方でぺタっと座って息抜きをしているという状況をみかけますが、こういう状況もやはり利己主義や高度経済成長の豊かさがもたらしたものであると思います。

他の1つは技術革新の結果、洗濯機に洗濯物を入れればすぐ結果が出てまいります。受験勉強も○×式で、入学すればそれで結果が出る。だから過程を重視しなくなった。生活というのは過程が大事なのであって、結果よりも過程がよいか悪いかということです。心の教育ということがいわれていますが、上述のような種々の条件が重なった結果、子どもは好きなことは何でもやっていい、先生も自分たちも同じだというような考え方になってしまったのではないか。同じ人間であるといっても、やはり教える立場と教わる立場、教育という営みには自ずからけじめがあるべきであるのに、悪しき平等主義が一般化した。だからワルと普通の子どもとの境目がなくなった。場合によっては皆がワッと、ワルになってしまうという状況もあり得ると思うのです。

日本の学校教育は全人教育で、各教科とも究極的には人間形成におかれています。イギリス、ドイツ、フランスなどは運動場は普通ありません。体育室、あるいは体育館が中心です。徳育は教会・家庭です。学校は知育だけ。アメリカも同じです。アメリカではカウンセラーというのは受験や科目選択、単位の取り方の相談が主です。「君はこれだけの単位をとったのだからどこの大学の何学科に行きなさい」といった学習指導上の相談です。いわゆる心の教育相談はやっておりません。日本の場合は生徒指導を行うわけです。生徒指導はアメリカの場合、先生ではなくディーンです。やっている内容がまったく違う。また、欧米では「心の教育」は家庭と教会が行うのです。例えば、行政単位は東京都杉並区松ノ木1丁目というようにだんだん小さくなりますが、1丁目ということになりますと、イギリスでは最も小さな単位はシェア(shire)で、次にボロー(borough)、区になりますとカウンティ(county)です。都区内はシティ(city)、東京都になるとコーポレーション(corporation)といったように行政区が小から大へとつながっています。行政区になるには教会を造らなければなりません。つまり、地区民が礼拝や集会を行う精神の拠り所を造らないと行政区として認められません。そして税金を1%天引きで教会に納める(チャーチ・タックス)とかするわけです。その金で慈善事業をしたり、遊び場を造ったり、プレイリーダーの賃金を払ったり、子どもの教育などに当てるわけです。日本は幸か不幸か教会がありません。戦前は神道や仏教、儒教があったのですが、今は神棚と仏壇もほとんどなくなりました。宗教もあってないようなものです。だから心の支えをどこへ求めるのかということが極めて重要になってくるわけですが、それを司馬さんは国のかたちと表現しました。私もその基本となる骨組みをしっかりつくらないといけないと考えています。

結局は、人間形成というところに行き着くと思うのです。この意味で先ほど申しましたようなスピリチュアルなものが入るようなドグマ的なもの、ないし、特定の教義的なものがぜひとも必要であり、そういうものに対して子どもがいろいろ反応を起こした結果、1つの人格が徐々に出来上がっていくのではないかと思うのです。つまり、1つの教義に対してどのように反応するのか。そういった反応の仕方、それ自体が人格形成につながっていく。そうでなければ個々人の放逸な行為になり、自分の好きなことをやればいいということになるわけです。ですから基本となる軸を何に求めるかということになると思いますが、それは結局、日本という国の国体の護持ということ。今日、この「国体の護持」ということを強くいえないところに問題があると思います。

価値というものは、世界共通というものはありません。日本の価値、あるいはアメリ力の価値、ドイツの価値、文化も言葉も違う。これがひいては文化的な価値になるのであって、例えば、科学わけても化学・物理学ですら各国によって考え方が違うのです。それは民族によって科学に対する接し方が違うからです。育った文化の立場が反映して、ドイツ語を使えばドイツ語的結論になり、ラテン語を使えば古典的な結論になるといわれています。つまり、言語という構造の違い、そういったものが文化的な価値を決めていくわけです。だからこれから、日本の文化はどんなところに、どのように存在したのかというようなことを、歴史的に振り返ってみるということをしなければいけないのではないかと思います。

この国のかたちができたのは、例えば「にっぽん」という言葉が最初にできたのほ、天智天皇の時(第38代・626~671年)のようで、今から1,300年前です。つまり、日本という国の言語が整い、だいたいかたちらしいものができたという時です。そしてそれからずっと下って1850年頃の王政復古、明治維新につながるわけです。それは、日本の文化にヨーロッパ先進国の文化を借りて、伝統的な権威を破壊し、そちらへ強力に指向していたのが明治維新で、これによって、在来の武士道精神は、すべて崩壊され、廃藩置県としてすっかり国のかたちを変えたわけです。そして、1945(昭和20)年の敗戦によりまたすっかり変わらされ、今、3度目の産みの苦しみをやっているのです。今の時点で戦後を振り返り、また戦前の明治維新を振り返ってみて、日本的なるものを再確認し、21世紀の早い時期にそれを創造しなければ、教育の骨組みはもちろん、国家のコンスティチューションができないと思うのです。こういうことが真に心を育てるという教育の根本なのであって、そこへ子どもを向けなければ心は育たないと思うのです。

そういう意味で、今私が考えていることは、イギリスに紳士道があるように、日本も武士道があった。もちろん武士道の悪いところもあります。しかし、そういったものを再確認しながら、新しい武士道的なものを、否、それにもっと日本の文化的なよさがあるようなもの、例えば、自然を大事にするとか、先祖を敬うとか、恥を知るとか、そういったものを再確認、再創造していくことです。イギリスの騎士道と日本の武士道とを比べてみますと、礼節、誠実、名誉、忠節、孝行、自制、克己心などという徳目は、両者とも内容からしても生い立ちにしてもよく似ております。両方ともエリート教育で、いざという時には、身を捨てるという覚悟があります。イギリスのケンブリッジやオックスフォード大学に行ってみられるとよくわかりますが、学内に教会があります。その教会の通路の側壁には国のために戦死した卒業生の名前がすべて大理石に刻んであります。また、パブリックスクールで有名なラグビー校の体育館などには、学校設立以来、対外試合で活躍したチームや新記録をつくった優秀な選手の名前がすべて体育館の上部の壁に掲げられています。このように名を重んずるということが、もっと日本の場合にはあってしかるべきだと思います。つまり、いざという時に国民が心を1つにして行動していけるような、固有の知恵というか、信念というか、そういったものが生み出せる拠り所が必要になると思うのです。

紳士道と武士道の違うところは、紳士道には女性への配慮や豊かなユーモアがあり、数学(論理)を重要視しています。しかし、日本の武士道は死に臨んで詩歌をつくるといったように教養としても詩歌を重視しますが、イギリスではそれは女性のもので女々しいものだと考える傾向があるようです。武士道の場合は、親孝行や先祖を尊敬しますが、数学は商人のやることだといってあまり重視しませんでした。これは有名な話ですが、新渡戸稲造がアメリカで「日本の道徳は何か」と尋ねられてすぐには答えられず、後でよく考えてみると、武士道精神に基盤があるのではないかと気づいて、後に著作「武士道」を著しました。これと関連して、日本の文化の価値をどこに求めていくかということがまず問題にされるべきだと思うのです。会津藩では、「ならぬことほならぬ」という藩訓があるようですが、人間には場合によっては論理では説明のつかないことがあり、これは、人間の生き方に関わることでもあると思うのです。つまり、「ならぬものはならぬ」ということをどこに求めるのか、そういうものが精神の根底にはなくてはならないと思います。

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教科体育の発展

(1)教科体育のあり方

これからの体育を脳の問題から考えると、脳は細胞のミクロの段階まで健康でないと体も健康でないのですから、脳を問題にしない限り体育はもちろん、すべてのものは解決ができません。脳のミクロの場は今日ほとんど明視されるようになりました。細胞と細胞との間、あるいは細胞内も健康ならオートノミーができているわけで、自治があるということ。こういった自治を精神とみることもできると思います。脳のオートノミーが少しでも狂ってくると、その局所在によっては失語症になったり脳軟化になったりします。これは脳のある局所にオートノミーがなくなった証拠です。このように考えると、バランスのよい食事や栄養をとるということは細胞のミクロレベルを養っているわけですから、すごく大切なことになります。運動もまたその刺激情報であり、支援情報です。全国大会の研究主題に「発達課題に則って云々」ということがよく出ていますが、それぞれの年齢によって、スポーツ・体育指導をめぐる対応の仕方は大きく違ってきます。少なくとも、学齢期には、運動の他、食事の摂り方や睡眠・学習など日常生活の仕方が重要で、生活習慣の問題でもあるので、年齢段階に応じた生活の秩序維持に配慮することが大切になります。

次に、スポーツサイドからはスポーツ文化-モラルの問題です。私が、現職当時、テニスコートの多くはタータンですから学生はよく革靴を履いてくるのです。そして、たばこをくわえながらラケットを振っている。その時私はテニスにはテニス固有のモラールがあること、そのモラールは、技術もさることながら運動時の服装や態度・行動様式に現れることなどについて注意したことがあります。こんなこともあって、私はその当時、コートづくりにはタータンをやめて、クレーコートにしたことがあります。プレイする時は、まずコートを掃き、水を打ち、ローラーをかける。そして、服装を整えて練習に移る。こういった一連の行動態度様式がない限り、そのスポーツは文化とはいえないのではないかと思います。
環境の問題もあります。今日のようにマスレジャーの時代になり、スポーツが先ほどのような状況になってくると、環境汚染ということが起こります。さきの長野の冬季オリンピックでは自然を破壊したとか、日本のような小さな国にゴルフ場が2,500もある国はありません。ゴルフ場はすごく金がかかりますが、それだけ自然を破壊する。国民こぞってレジャー時代を迎え、遊ぶようになりますと、モラールを背景にしたスポーツ環境倫理(物と人)ということが重要になってくると思います。どこへ行ってもスポーツが楽しくできるという持続可能なスポーツはどうしたらできるのかといった倫理観を養い、身につけていくことが大切なことになると思います。

最近、いろいろなニュースポーツの出現により、スポーツが雑多になりました。これらの個別ニュースポーツのモラールをどのようにして打ち立てるのか…なども問題です。特に、国土が狭隘(山が8割、平野が2割)で四海の我が国は、山や海、河川を利用したスポーツがもっと薦められてよいし、また、四季に富んだ自然の中でのサバイバル・スポーツで生活体験をしたり、高校卒業程度の年齢では、1年くらい家庭や学校から離れて生活させ、ボランティアとしての体験を積み重ねるなど、発達段階に応じた通過儀礼的なバリアーの制度(例、スポーツ文化的催事)化が切望されます。

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(2)「学体連」における授業研究の充実
①教科体育の自主的研究のすすめ

今回の新指導要領の大綱化と地方分権の推進に伴い、学校の裁量権が拡大され、現場ではカリキュラム研究わけても授業研究(よい授業をするための研究)を各自で準備せざるを得なくなりました。

それぞれの学校の年間計画は、モデルとすべき先進地の学校のそれを資料とするのも有効な1つの方法ですが、授業は日々の実践の積み重ねだから、授業研究をするにあたってはまず自校の多くの教師の参加を得て日常的な必要度の高い問題からとりかかるのがよいし、指導にあたっては理論を踏まえてそれぞれの内容について進め方、つまり、指導と学習の活動の流れが中心になるでしょう。

研究は小学校の場合、教科主任を中心に進めていくことになりますが、できれば学校ぐるみで取り組む体制づくりが望まれるし、必要でもあります。これができれば、研究目標の具体化とそれの共通理解のもとに協力して授業を繰り返していけば、やがて学校ぐるみの研究となり、時間の経過と相俟って研究が深まり、千差万別の考えを持つ教師も漸次共通理解を持つようになるでしょう。

市以下の行政区では年間計画があっても単元まで具体化している学校は少ないのではないでしょうか。年間計画を持つ行政区では、これを傘下の学校に提示し、これをもとにそれぞれの学校の状況や問題点を考慮して全学年の一貫した単元計画を作成し、これを何年かおきに改訂していくような試みが望まれます。

私が、このような実践的カリキュラムの研究に出会ったのは2回あり、1回目は1953(昭和28)年から数年間かけて実施された「浦和市(現在さいたま市)小・中学校の体育カリキュラム研究」であり、2回目は1980(昭和55)年から3年がかりで試みた同市の小学校体育の総合的実践研究です。この研究は、私が1980(昭和55)年10月研究の進め方について当該研究会に出向いた時、1953(昭和28)年当時の共同研究者の多くは校長や教頭・課長などの要職にあり、これらの人たちが中心になって実践研究会が組織されていました。そしてすでに、新指導要領に基づき浦和市教委が作成した年間指導計画例をもとに各学校で指導がなされ、授業の失敗や成功をありのままに記録し、これをもとに約2か年間、全体会の他、各学年ごとに月2回の研究会(教員歴約5年の20代後半から30代前半の若い教師80人)を開き、各自の実践報告と指導計画案の検討を行い、3年がかりで実践的研究の成果をまとめあげた「学年別授業研究の指導技術書」を公にしたことがあります(「新しい教科体育の進め方と展開」全8巻、昭和58年11月、図書文化刊)。
私たちが試みたこの種の研究方法論は、「参与研究」とか「アクションリサーチ」といわれる方法で、研究に参加する者全員の行為(共同討議)が研究の内容と過程を決定するといった考え方です。つまりこの研究の特色は、現場全体をあるがままに把握するために、それに関連のある真理をみんなの力で発見し解決していこうとするもので、その意図するところは研究者と実践者とが共同学習によって反省を繰り返し、状況に応じた行動により実践を変革していこうとするところにあります。この場合主として、現場の教師は生徒サイドから学習のねらいや内容を、大学の研究者は社会のサイドから教育目的・研究の方法を、教委は経費や運営などの知識を提供し合うといったことになるでしょう。

いうまでもなく学習の内容や方法の改善は、授業実践においてなされねばなりませんが、それの前提には教師自身の思想・行動の変容が必要になりますから、研究会の活動過程そのものが教師の意識の変容過程になるということの方法論がよいわけです。これを結果からみれば研究会活動の形成的評価ともいえるし、一般論としていえば、教科体育における学習内容の適時性の究明とその指導法の開発研究ということになり、これはまた、子どもの心身の発達段階に応じた最も効果的な運動材をその内容や方法から明らかにし教授方法の策定を試みること、そしてこれと並んで人格形成の指導に資する内容・方法を開発するということになるでしょう。

このような意図でなされる研究は、すでにいくつか触れましたが、校長以下全教員で行う自校研究、体育科担当の教師が地区ごとに集まって討議を重ね機会を得て授業研究に取り組む研究など種々のレベルや内容・方法が考えられます。要は現場の教師、行政担当者、大学の研究者の三者が一体となって連携を密にし授業研究を中心に積み重ねていくことが実り多い成果を生むものと思います。私はかつてこのようなことを考えて、現場の研究の資金や運用は当財団で、日進月歩の研究方法論上の問題は学会で分担し合ってはと考え、「日本スポーツ教育学会(昭和55年11月設立、会報第7号12~13頁参照)」や「日本体育学会・体育科教育専門分科会(昭和53年12月設立、平成7年4月日本体育科教育学会に名称変更)」の立ち上げに努力したことがあります。

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②授業のよい「出会い」のために

どんな教科にせよ、授業は子どもに「わかる」「できる」授業でなければならないでしょう。

「わかる」とは教材を構造的に理解することであり、「深くわかる」とは、理解を感動や興奮を伴った全身的理解にまで至らしめることであって、教材の本質と子どもとの「出会い」を了解(体験の体験)にまで導くことを指しています。要するに「出会い」は子どもが教材と生き生きした接触をするということです。

教授学では、このような「出会い」は授業の目的的原理であると同時に方法の基礎的原理であるとしています。つまり、教師と子ども、子どもと教材との「出会い」が方法の土台であると同時に方法が指向する目的であるというわけです。

「出会い」は、「直接的出会い」と「間接的出会い」に分けることができますが、一般に、子どもは教材の内容と直接出会うのではなく、この内容を知悉している教師の体験を追体験するというかたちで、教師を介して内容と深く結びつくことになるのです。実技はまだしも、保健学習や体育理論の学習を想起すれば、このことはわかります。だから、方法という点からすると、教師と子どもとの出会いが決定的に重要なことになります。

このように考えると、目的は「内容と子ども」との出会い、方法は「教師と子ども」との出会いともいえますから、目的と方法のつながりを理解する鍵は教師の了解性にあり、まさに、教師の力こそ教材の内容を表現し、これを子どもに媒介する触媒剤であるということです。つまり、子どもが教師と出会うということは、子どもが教材の内容と出会うということであり、教師はそのための方法ともいえましょう。このようなわけで、「出会い」の成果は、教師が持てる最大限の能力を駆使して、どの程度、教材の本質的内容と取り組み、その内容を了解できたかといった教師自身の教材研究のあり方とその成果に関わる問題となってきます。

教材は子どもの興味をひきつける具体的特殊的な身近な内容ですが、それ(特殊的なもの)を学習すれば、それと関連する内容分野が理解されるという一般的なものへの道を開くものでなければなりません。方法的には、特殊的なことがらを学習する過程でそれを習得するのに必要な態度や技術・方法が身につけられるということですから、これへ向けて子どもを取り組ませることが中心的な課題になります。

このことは究極的には直観といわれるものにあたるといってよいでしょう。かつて、故篠原助市氏がいわれたように、直観は特殊な個物の中で一般的なものをさらに明確にしていく過程でもあります。直観を効果的に引き起こすためには、特殊的個別的などんな内容をどのように配列するかといった教材の精選と配列の問題となり、これもまた教材研究のあり方、わけても教材内容の吟味の問題となります。

ともあれ、授業というものは、やはり教師と子どもとの出会いの場であるということです。「出会い」の原理は、教師と子どもとの同等性や自由性、自発性を前提にしているからこそ、授業の内容に対する子どもの内面化も、教師と子どもとの出会いの深まりも、かえって、自然に創出されてくるようになるのであり、ここにこそ教育の名に値する営みが存在するのだといえましょう。したがって、大切なことは、授業での「出会い」を教師と子どもが本当に心の通うような、そういう場にしなければならないということです。その場を逃しては子どもたちに教科体育の本質的内容であるプレイ・スポーツ文化の発展・継承も人格形成も不可能でしょう。

ご承知のように、子どもの教育は、この2つの陶冶面(「実質的陶冶」=文化の継承・発展、「形式的陶冶」=人格形成)をいかに統合して内面化させ開いていくかということにあるわけですが、幸いこれが実って、子どもたちが学卒後、学校時代を振り返って当時の生活が本当に有意義であったという、そんな思い出を授業の「出会い」で体験できるようでありたいものだと思います。

このためには、子どもたちが教科体育での「出会い」において体験したことがらを「わかった」「できた」ということと同時に、これらの内容が彼らの日常生活に生きた「体の知」として、あるいは、「主体的実践的知」として展開されるように導いていくことが必要だと思います。知的に理解したことや体験した内容が現在の自分の生活の場で実践できるようでなければ、とうてい、将来へ持ち越す価値(carry over value)とはならないと思うのです。

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③これからの「よい授業」づくり -その有効な情報の電子化に向けて-

授業研究のために「いま、教師に求められているもの」(「学体連会報」第38号・拙稿)は企画力と実行力であり、その源泉はいわば授業実践のイメージや構想力といったものであります。

第40回全国学校体育研究大会(宮崎大会-平成13年11月8・9日)での公開授業でも、教師と生徒の「知の総合化」に向けた授業展開がなされたり、体育の新しい学力と評価の問題をめぐって、体育の総合学習化などを通して、「柔らかな知」の形成を図ろうとする新しい試みが行われておりました。このような新しい体育の実践のあり方やこれからの体育を構想する時、インターネットやビデオなどのメディアがますます重要になってくるであろうことを肌で感じました。

現在では、学校やオフィス・家庭でもパソコンが急速に普及し、さまざまなネットワークが構築され始め、これを利用することが頻繁に行われだしております。また、これらのメディアを用いて種々の雑誌論文を公開・配信することも可能な状況になってきています。

周知のように現在では、ワープロやパソコンで作成された論文や資料を標準的なフォーマットに変換し、さらに電子化した論文データやファイルをデータベース化して、サーバーPCを通して利用者に配布することも、一部ではありますが、現実に行われております。また、余力があれば従来の雑誌の記事(紙の論文-これこそが価値のあるものでもありますが)をスキャナを使って電子データとして蓄積し、同様にこれらを利用者の必要に応じて必要なだけ提供することも始まっております。

たしかに、利用者が必要な記事を必要なだけ入手したいという立場に立てば、現行の冊子体の月刊誌を利用するよりも、それが電子化されていれば、ネットワークを利用し、有効な情報だけを活用した方が時間的にも経済的にもはるかに有効であることは明らかです。まして、体育教育ではビデオデータ(動画)による学習効果が大きいだけに、これらのマルチメディア化がさらに望まれるところです。

今後、本連合会ではこのような社会の趨勢を考慮して各支部からの情報や体育に関わる有用なさまざまな情報を集約し、さらにデータベース化しながら、会員に多くの有効な情報を提供・発信していくことのできる、従来の機関誌に代わる新しい媒体のあり方を検討していきたいと考えております。さらに必要であれば、教科体育に関わって本連合会各支部の会員諸氏が共有していくことが特に必要と思われる授業実践録や、これからの教科体育の方向性に有効な示唆を与えると思われるれるものを著作として、積極的に公にしていきたいとも考えております。

(注1)(注2)は、平成11年11月10日理事・評議員会でのスピーチ「21世紀の学校体育問題」に加筆したもの。(注3)は、拙稿・機関誌「学校体育」の休刊にあたって-その問われるもの-の一部を転載したもの(「学校体育」14年1月号)。
                                    [浅田 隆夫]